長者伝説

あらかしひこの長者さま

その昔、熊淵(くまぶち)の生出(おいで)というところに弓の上手な長者様が住んでおりました。

熊渕にはその名の通り、熊が出て人間をとらえて食べるので、困りはてた村人たちは長者様に「お願いします、なんとかその弓で悪い熊を退治してください」と助けを求めました。

長者様はたいへんお人よしだったので、断れずに「よし、ワシがなんとかしてみよう」と、とりあえず村人たちに約束してしまいました。

長者様は約束してしまった手前、毎日山へ行っては熊をさがしましたが、まったくどこにいるのかわかりません。

困り果てた長者様がいつも塩を焼いていた釜崎の浜で思いをめぐらせていると、沖から小さな船に乗ったスクナヒコの神様がおいでになりました。
「どうしたのだ、なにか困ったことがあるのかな?」と声をかけてくださったので、「熊渕で悪さをしている熊が見つからなくて困っているのです」と打ち明けました。

すると、スクナヒコ様は「その熊なら熊渕川のからと岩の穴にいるはずだよ」と教えてくれました。
長者様はお礼の言葉もそこそこに、急いで家に帰り、弓矢をひっさげ、からと岩に向かいました。

すると、スクナヒコ様のいう通り、熊はからと岩で居眠りをしているではありませんか!
「しめしめ・・」と思った長者様は得意の弓をひきしぼり、矢を放つと見事に熊の急所を射抜き、見事に仕留めました。

「やれやれ・・」と一息ついたのもつかの間、今度は熊退治の話を聞きつけた虫崎(むっさき)の村人たちが「長者様、私どもの村の中で悪さをする毒虫がいて困っています。なんとか退治していただけないでしょうか」とお願いにやってきました。

お人よしの長者様、よせばいいのに、またしても「うーん、なんとかしてみよう」と引き受けてしまいました。

しかし、まったくどうしていいのかわかりません。
そしていつもの釜崎の浜で塩を焼きながら悩んでいると、またしてもスクナヒコ様が・・!

「また悩み事かね、今度はなんだい?」
とおたずねになったので、毒虫のことを話すと、
「毒虫は人間の唾をいやがるので、うんとふりかけて、弱ったところを仕留めなさい」
と教えてくれました。

長者様はまたお礼もそこそこに、虫崎へ走りました。

村に着くと、集まった人たちのツバを集め、毒虫の様子を見に行きました。
すると、うわさの毒虫は大きなムカデの化け物でした。
長者様は一瞬ひるみましたが、意を決して毒虫にふりかけました!

すると、毒虫は体の自由がきかなくなり、くねくねと弱った様子です。

「今だ!」
長者様は弓を構えて射かけると、とどめを刺された毒虫は死んでしまいました。

そうすると、熊と毒虫を退治した長者様の弓の達人ぶりがうわさになり、今度は白鳥の村の人たちが、「長者様、私たちの村にある伊掛山に白い悪さをする鳥がいて、子供たちをさらっていったりして大変困っています。なんとか退治していただけませんか」とお願いにやってきました。

「弱ったな・・」心の中ではそう思ったのですが、そこはお人よしの長者様、心とはうらはらに「とりあえずなんとかしましょう」とまたしても請け負ってしまいました。

さっそく白鳥の村へ行って悪鳥を偵察にいってみると、とんでもない大きな鳥ではありませんか・・
とてもかないそうにありません。

「今度ばかりはどうしようもないな・・」
とまたいつもの釜崎の浜で一人なやんでいると、またしてもスクナヒコ様が・・!

「あなたもたびたび大変だね、今度はどうしたのですか?」
とおたずねになるので、悪鳥の話をすると、
「それなら、山のふもとに庵(いおり)をかまえてひたすら待ちなさい。そこに飛んでくるときにはスキがあるから、あなたの弓ならなんとか仕留めることができるでしょう」と教えてくれました。

長者様は言われたとおりに何日も鳥が飛んでくるのを待ちました。
すると、海の魚を狙っているのか、スキだらけです。

「今しかない!南無八幡大菩薩・・」

と念じながらありったけの力で弓を引き絞り、矢を放ちました!
すると見事に悪鳥の急所に命中しました。
しかし、鳥もさるもの、苦しみもだえながらも海の上を飛んでいきます。
すかさず長者様は追いかけてとどめの矢を射かけました。

すると、たまらず悪鳥は仏島に落ちて死んでしまいました。

かくして、大吞の地に平和が戻ってきたのです。

スクナヒコの神様はというと、たいそうこの地をお気にめされ、黒崎にあった大きな石に宿ることにしました。

大吞の村々の人たちは長者様とスクナヒコの神様に感謝し、長くあがめました。
そして、長者様が亡くなると、山崎村の霊夢山(りょうむざん)に葬り、神としてお祀りしました。

これが現在の阿良加志比古神社であるということです。